こんにちは。現役の構造設計者であり、株式会社ストラボ代表の小林です。
構造設計の実務に携わる方の間で、大きな注目を集めた判決がありました。「仕様規定で設計した建物について、引渡し後の構造計算で安全性に疑義が示された場合、それだけで設計瑕疵や契約不適合になるのか」というものです。
今回の判決は、単に「仕様規定と構造計算のどちらが正しいのか」という話ではありません。設計者は何を基準に設計方法を選び、どこまでの責任を負うのか。構造設計者にとって、日々の設計判断にもつながる重要なテーマだと感じています。
そこで今回は、この判決で実際に何が争われ、裁判所がどのような判断を示したのかを整理したうえで、「設計者判断」という観点から、私たち構造設計者がこれから身につけるべき力について考えていきたいと思います。
建物引渡し後の「構造計算NG」で設計者は責任を負うのか?話題の判決を整理
問題となったのは、当時の建築基準法において、仕様規定による構造設計が認められていた木造2階建て住宅です。設計者は法令で認められた仕様規定に基づいて設計・監理を行い、その後、施工会社が建物を完成させ、建築主へ引き渡しました。
ところが引渡し後、建築主は建物の構造安全性に疑問を抱き、第三者による検証を実施します。その過程で、建築主側は独自に構造計算を行い、「水平構面の剛性が不足している」「接合部の耐力が十分ではない」など、複数の構造上の問題があると主張しました。
その後、建築主は設計者に対し、建物に設計上の欠陥があるとして損害賠償を請求する訴訟を提起しました。請求額は補修費や調査費用などを含め、約1,800万円に及びました。
これに対し設計者は、「設計は仕様規定に基づいて適切に行われており、建築基準法にも適合している」と反論しました。
裁判で最大の争点となったのは、法令上は仕様規定で設計することが認められている建物について、引渡し後に実施した構造計算で基準を満たさないという結果が出た場合、そのことだけを理由に設計者の法的責任を問えるのかという点でした。
最終的に、一審・控訴審ともに、引渡し後に行われた構造計算の結果だけをもって設計者の契約不適合責任を認めることはできないと判断し、設計者側の主張がおおむね認められました。もちろん、建物ごとの契約内容や法令適合性によって結論は変わり得ますが、この判決は、仕様規定による設計の法的位置付けや、設計者の責任範囲を考える上で、一つの重要な判断が示された事例として、多くの構造設計者の関心を集めています。
今回の判決が構造設計者に問いかけているものとは?
判決の結果だけを見ると、「設計者が勝った裁判」と受け止める方もいるかもしれませんが、私がこの判決で最も重く受け止めたのは、「設計者は何を約束し、何に責任を負うのか」ということであり、実務の根本に関わる問いについて改めて考えさせられました。
私たち構造設計者は、安全な建物を設計する仕事をしています。
しかし、安全性を確認する方法は一つではありません。
建物の規模や用途、法令上の要件によって、採用される確認方法は異なります。2025年の建築基準法改正では、いわゆる4号特例の見直しが行われましたが、小規模木造建築物における仕様規定の位置付け自体がなくなったわけではありません。現在も一定規模以下の木造建築物では、法令に基づいて仕様規定による設計が認められています。
つまり、仕様規定による設計は、今も実務の中で広く用いられている設計手法です。
だからこそ今回の判決は、「過去の制度の話」として片付けるのではなく、現在の設計実務にも示唆を与える事例として受け止める価値があると私は考えています。
では、この判決から私たち構造設計者は何を学ぶべきなのでしょうか。
私は、その答えは「仕様規定が正しい」「構造計算の方が優れている」といった単純な二択ではないと思っています。
「仕様規定で設計していれば安心」という判決ではない
今回の判決を受けて、「仕様規定で設計していれば安心だ」と受け止める方もいるかもしれません。
しかし、私はそうは考えていません。
裁判所が判断したのは、「仕様規定と構造計算のどちらが優れているか」ではなく、設計者が契約内容と法令に基づいて適切に業務を行っていたかどうかです。
つまり、今回守られたのは「仕様規定」という設計手法ではなく、設計者が法令に基づいて適切な判断を行い設計された建物だった、という事実です。
設計者に常に問われているのは、「なぜ、その設計手法を選択したのか。」ということであり、果たして自分の言葉でその判断を説明できる力を備えているのか、ということではないでしょうか。
構造設計者に求められるのは「設計者判断」
法律には、社会全体のルールとして一定の基準が必要です。しかし、構造設計者の仕事は、その基準を満たすだけではありません。
同じ法令に適合した建物でも、たとえば下記の要素によって建物の完成度は大きく変わります。
- 架構の組み方
- 耐力壁の配置
- 荷重の流れ
- 偏心の考え方
- コストとのバランス
私は、そこにこそ構造設計者の価値があると思っています。
法令を満たすことは当然です。その先にある「より合理的で、より安全で、意匠を再現する構造」を考えることこそ、私たちの専門性の真価なのではないでしょうか。
なぜ許容応力度計算を学ぶ価値があるのか
誤解してほしくないため重ねて申し上げますが、私は仕様規定による設計を否定しているわけではありません。仕様規定は建築基準法で認められた設計手法であり、多くの建物では合理的な選択となっていることでしょう。
一方で、構造設計者として長期的に成長していきたいのであれば、設計の視点を増やすという意味で、許容応力度計算や構造解析の考え方にも触れてほしいと思っています。
構造計算を学ぶと、応力の流れや部材ごとの役割を、より立体的に理解できるようになります。すると、仕様規定で設計する場面であっても、「なぜこの壁量が必要なのか」「なぜこの配置が合理的なのか」という理由まで考えられるようになります。
設計の質は、使う計算方法だけで決まるものではありません。建物をどれだけ深く理解しているかで決まるのです。
設計者を守るのは判例ではなく「判断力」
私はよく、「設計者は手札を増やしましょう」という話をしています。ストラボの他の記事やニュースレターでも、何度かこの手札という言葉を使ったことがあると思います。
この「手札」とは、単純な知識の量ではありません。建物ごとに最適な判断を下すための選択肢のことを指しています。
経験を積むほど、「この場合は仕様規定で十分だ」「このケースは許容応力度計算で確認した方が安心だ」「架構そのものを変えた方が合理的だ」というように、判断できる選択肢が増えていきます。
それが、設計者としての財産になります。
今回の判決も、最後に設計者を守ったのは「偶然」ではありません。自ら選択した設計方法を説明できるだけの根拠があり、その内容が法令や契約に照らして適切だったからです。日頃から積み重ねてきた「設計者判断」が設計者自身を守ってくれたのです。
まとめ|判決が教えてくれた、本当に身につけるべき力
今回の判決は、多くの構造設計者に安心感を与えた一方で、改めて「設計者の責任とは何か」を考えさせられる出来事でもありました。
私たちは日々、法令を守りながら、建築主や意匠設計者、施工者など、多くの関係者と協力して建物をつくっています。
その中で求められるのは、「決められたことをこなす力」だけではありません。
建物ごとの条件を整理し、複数の選択肢の中から最適な方法を選び、その理由を説明できる力です。
これが、私の考える「設計者判断」です。
設計ソフトは年々進化し、AIが図面作成や法令チェックを支援する時代も、すぐそこまで来ています。しかし、「この建物にはどの考え方が最も適しているのか」を判断することまでは、ソフトが代わりに引き受けてくれるわけではありません。
だからこそ、設計者自身が学び続け、経験を積み重ね、自分の中の選択肢、つまり「手札」を増やしていくことが、これからますます重要になると私は考えています。
仕様規定を深く理解することも、許容応力度計算を学ぶことも、過去の設計事例を知ることも、そのすべては設計者判断の精度を高めるためです。知識そのものが目的ではなく、その建物にとって最適な答えを導き出せる力を身につけることが、本当の目的だと思います。
ストラボschoolが育てたいのは「判断できる構造設計者」
ストラボでは、これまで数多くの構造設計案件に携わる中で蓄積してきた実務の知見をもとに、設計者一人ひとりの「手札」を増やすための教育と情報発信を行っています。
知識を一方的に教えるのではなく、「なぜその判断をしたのか」「他にどんな選択肢があったのか」を考えられる設計者を増やす。
学校では学びにくく、実務だけでは身に付けるまでに時間がかかる「設計者判断」を、より効率的に学べる環境をつくりたい。それが、私たちが「ストラボschool」をリリースする理由です。
今回の判決は、一つの裁判例に過ぎません。しかし、設計者としての姿勢や責任を改めて見つめ直す、大きなきっかけを与えてくれる事例だったと私は感じています。
この記事が、皆さん自身の設計を振り返り、「自分の手札を増やすこと」の大切さを考えるきっかけになれば幸いです。
ストラボでは、構造設計業界の仕事や働き方、就職・転職に役立つ情報を発信しています。構造設計者、構造設計者を目指す方は、ぜひ他の記事もご覧ください。
構造設計の実務を最速習得するオンライン講座「ストラボschool」

ストラボschoolは、設計の現場ですぐに使える「構造計算」を一気通貫で学べる、全国唯一の講座です。構造設計一級建築士や一級建築士資格を有する実力派講師陣が、“設計現場の型”を体系化した構造設計専門カリキュラムをレクチャー。明日から使える実務力が身につきます!
↓こちらの記事もおすすめ↓
監修者

小林 玄彦(こばやし はるひこ)
株式会社ストラボ 代表取締役
オリジナル工法の開発やブランディングにも注力し、創業期から同社の規模拡大に貢献。
2024年に株式会社ストラボを創業し、構造設計者のための成長支援プラットフォーム「ストラボ」をローンチ。
構造設計者の社会的価値を最大化することを使命とし、構造設計業界や組織、そこで働く社員が価値観を共有し、他社との差別化を図ることで、構造設計者の価値を誇りをもって伝えられるようサポートしている。